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奈良都民ができるまで

もう奈良に住んでるんちゃう?

奈良通いを重ねるうちに、いつの間にか奈良の人たちから言われるようになった言葉です。
住んでいないんですけどね。

「奈良都民」は、生まれも育ちも在住も東京のグラフィックデザイナーである私のペンネームです。
大阪に住む友人の作家さんがイベント出店されていた東京の会場にお伺いした折に、2人で話したことがもっぱら
・奈良在住の共通の知り合いである作家さんの近況
・近鉄奈良駅界隈の新しいお店のこと
とかでして、気がつけば特に私が奈良の話をしまくっておりました。生まれた時から東京都民の私がやたらと奈良に詳しいことを突っ込まれた結果、めでたく「奈良都民」のあだ名をいただき、そのままペンネームとして使っております。

・・・で。なぜ、奈良?

きっかけは2012年に行われたデザインコンペでした。
大和茶「と、わ」という、ガラスびんに入れた緑茶(奈良市の特産品「大和茶」)のラベル部分のデザインを全国コンペで募っており、そこに応募したことが奈良との最初の関わりです。

奈良県内に限った販売なので、東京にいる私は「と、わ」が町で売られている様子を見られません。コンペの後、Facebookで「と、わ」が飲める奈良のかわいいカフェを見るにつけ「ああおいしそう・・・」と思いを馳せ、コンペに関わった奈良の方たちの打ち上げの様子や地域イベントの様子をやっぱりFacebookで見ては「ああ楽しそう・・・」と羨み。

うじうじと羨んでばっかりいないで行けばいいじゃん、と気づいて奈良へと飛んだ2013年1月が、現在に至る頻繁な奈良通いの始まりです。年によっては合計滞在日数60日近くになりこともありました。自分のデザインを通じて奈良でいろんな人たちと知り合っていくという体験が初めてで新鮮で、あまりにも楽しかったのです。

岐れ道

奈良駅近辺をうろうろし始めて4年目ほどになると、神社・古刹だけでなく町中のお店も「私のお気に入り」や「言ったことないけどお噂はかねがね」なスポットが増えていきます。古と今が互いを縫うようにして在るのが、近鉄奈良駅周辺エリアの面白いところです。この積もり積もった愛着を何か形にできないかな~と思って「主観マップ」なるものを作り、奈良で知り合いに配りました。

単なる愛着の捌け口だったにもかかわらず予想以上にご好評の声をいただき、この地図をきっかけに町歩きイベントで使うエリアマップのお仕事をいただいたりグループ展に誘っていただいたりと、制作で奈良と関わる機会が少しづつ増えていきました。特に展示でご一緒した作家の皆さんと知り合えたことが、私の刺激にも支えにもなりました。自ら築き上げてきた技術・技量に自負と誇りを持ちながら心から楽しそうに探究を続ける作家さんたちの姿は、4年前も今も私の憧れであり自分もそうありたいと思う姿勢です。

2015年のグループ展にイラストマップを出品してから、奈良をモチーフにして自主制作を続けております。

奈良履歴書

と同時に、奈良通い初期に足繁く通っていたいわゆる「地域創生」や「ローカル・ソーシャルビジネス」界隈のイベントからは次第に離れていきました。奈良の人たちとの急速に伸びていくつながりに、今思えば無駄にテンションが上がって浮き足立ちのぼせ上がっていたのですが、いろいろあって徐々に冷めていきました。闇雲につながればいいというわけではないですね。

以来、展示にもマメに参加しており、以前より落ち着いてきたとは言えここ数年は2~3ヶ月に1回ほど3泊滞在という、だいぶおかしな感じで奈良通いに傾倒する日々を続け、今に至ります。

愛着を形に

この文章を記している2020年8月現在、新型コロナウィルス感染症が猛威を振るう真っ只中。パンデミック前の1月までアホほど奈良に通っていたのが嘘のように東京に留まっております(※自己判断)。東京の自宅に籠もって何をしているかというと、相変わらず私なりの奈良ネタを絵に起こしたり商品にしたりしています。制作の時間はむしろ増えたかもしれません。

結局私は、自分の手を動かして思い入れを形にすることが、ただただ根っから好きなのです。奈良にまつわる何かを作ることで、奈良という町の中でこれまで思ってもみなかった世界に足を踏み入れ、大好きな人たちと出会う。そんな7年間でした。愛着を表現したい欲を鍵にして扉を開き、替えがたい宝を見つけた町が奈良でした。「作る」ことで奈良という場所を見つけ掴んだ実感があります。

奈良への変わらない愛着を膨らませて今日もせっせと手を動かして何かしら作っている私は、東京を出ない今も相変わらずの「奈良都民」です。

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